2005年10月09日

ジュ・ジュ


トリッキー・ウェル。
通称、ジャック。
「それで……」と奴は語りかけてきた。

レイニー・ストリート。
気取った名の裏通り。

誰がそう名付けたかは、知らない。
その一画に“ジュジュ”の店がある。
そう、「マダム・ジュジュ」の。

ツタが絡む漆黒の扉。
薄明のランプシェイド。
カウンターの端には黒電話。
壁には、セピア色したニュースペーパーの記事。
日付は遠い昔。

“ジュ・ジュ”の館。

誰もが、そう呼んでいる。
しかし、誰もが本当のところは、分からない。
「マダム」はきまって、いつもいない。
けれども、いつのまにか姿をあらわす。

ジャック・ブレルの哀しい唄声。
見知った奴はいない。
見知らぬ奴もいない。
ただ、一人を除いては……。

ノスタルジアを語る、自称・吟遊詩人。
「12」の偽名を使い、「13」のニュースペーパーにコラムを飾る、エセ・詩人。
トリッキー・ウェル。

「ようこそ、我が麗しの小公子様」

視線を交わし、タバコに火を点す。
眼の前には、珈琲。
そして、マダムからのメッセージ。
アスピリンが「3錠」。

ジャックの惹句。
「いつのまにか、おやつれになられて」
今では、酔いどれ詩人。

「十分眺めたかい? だったらもう飽きただろ」

「ようやく、口をお開きになったね。会話の世界にようこそ」
グラス片手のあいさつ。
「叩きつけたのかい?」

紫紺の糸が、宙に円を。
「非難の言葉か?」
「『質問』に対して『質問』かい? 忠誠心を聞いたまでさ」

黒電話のベルが鳴り響く。
マダムはいない。

「そんなものはとっくの昔に葬り去ったさ」

「それで……」
琥珀色の液体の底にランプが映し出されていた。
「良かったのかい?」

壁に掛けられた写真。
“ジュ・ジュ”
麗しの。

「さぁな」
「告解の必要は?」
「司祭に用はない」
「じゃ、フロイドは?」
「まにあっている」
黒い液体で、アスピリンを喉に押し込む。

「また、線路に沿って歩くのかい?」

静寂が一瞬、「時」を止めた。

「……さぁな」

甘い香りを残した影が過ぎていく。

「“渇き”を潤しに歩き出すだけさ」

目の前には、2杯目の珈琲。
「そう、枯渇した“泉”に、水を注ぎにな」

窓枠に飾られたイルミネーション。
いつしか、明りが灯っていた。

レイニー・ストリートの暗く狭い夜道から、「星」へと一本の流線が伸びていくように。

止まり木から立ち上がり、戸口に向かう。
背後には、“ジュ・ジュ”の優しい「調べ」が語りかけてくる。

振り返ると、酔いどれ詩人はもういない。

“ジュ・ジュ”
「『物語』のはじまりさ」。
posted by Jhon Done at 00:01| Comment(0) | TrackBack(0) | それだけのことさ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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