2008年08月22日

「トリッキー・クラウン」

 小屋特有の匂いが、鼻腔をつく。

 久しぶりに、芝居を観た。
 といっても、本公演ではなく、ゲネだが。
 役者連が、板の上で芝居を楽しんでいる様子が伝わる。

 正直なところ、うらやましかった、彼らが。
 そして、懐かしくもあった。芝居特有の、“匂い”が。
 
 客席で俺は、独り言ちした。
 「なぜ、俺はここに? この席に?」
 本公演の成功を祈りながらも、呪詛を宙に。
 「芝居なんぞ観るもんじぇねぇ。演(や)るもんだ」
 闇の中に、言葉が溶け込む。

 ミスター・クラウンから連絡が寄せられたのは、7月半ば頃だろうか。
 「イドウさん、8月末に阿佐ヶ谷で芝居を――」
 奴がそう言いかけたとき、俺は言葉を重ねた。
 「もしかして? この俺に観に来てほしい、だなんて営業の連絡じゃねぇだろうな」と。
 電話先で、言葉を濁すミスター・クラウン。
 「義理欠きで失礼なところは観にいくが、それ以外はNGだ。第一、なぜこの俺が? 自分が出もしない芝居を、観にいくと?」
 知った間柄。俺の性格を、奴も心得てはいるだろうが、さすがに……。
 「俺を、出せ。肺病みの十分な身体ではないが」
 電話口で、言葉を失っている奴の表情が浮かぶ。

 「セリフはいらん。覚えるのが面倒だ。10分、俺にくれ。曲ももちろん、俺が考える」
 「『出』は、ブラッド・メルドーのブルージーな曲きっかけ。ランプシェイドのほのかな照明(あかり)に、板付きの俺のシルエットが浮かび上がる段取りだ。スツールに腰掛け、虚空を眺める俺。メルドーの調べが、空間を漂う中で、もの思いにふける。これで5分は客様を魅了することができる」
 「ブリッジで、ニック・ドレイクの曲つなぎ、最後に、バーバーの『弦楽のためのアダージョ』で、フェード・アウト」
 「な、いい芝居になりそうだろう?」
 と得手勝手を押し付けて、「そのうち、稽古場に顔を出しにいくから」と、一方的に携帯を切った。 

 ふっ、この俺に「芝居を観に来い」だなんて、10年早い。

 とはいえ、売文の徒。
 取材に、締め切りに、さらにその合間を縫っての編集屋稼業と、昼に夜を継ぐ世界の住人。
 芝居の話なんぞ、すっかり忘れていたが、ひょんなことから思い出し、唐突に稽古場に足を運んだ。

 が、脚本を見ると、俺の出番は……。
 それに、ウォーク・スルーをみていると、「こりゃ、俺の出る幕じゃないな。なまじ出たら、芝居こわすぞ」と自重と自戒を。
 ミスター・クラウンには「なかなか、いい芝居じゃなか。生半可に俺が出ると、ハーモニーを乱す」と世辞交じりに、役者連には不適格なアドバイスと小難しい演劇論をぶち、混乱の極みへ。
 偽悪者たる俺は、ただでさえ自己顕示欲の塊のような役者連に世辞をかますなどとのまねはしない。
  
 ま、本公演は知らんが、出来は良いはずだ。客様も満足してくれただろう。
 ゲネで、俺が楽しめたのだから。
 
 ミスター・クラウンとは昔、奴の芝居に立ったのがきっかけで、それ以来、なんやかんやで腐れ縁が続いているが、どうやら無事、公演を終えたようだ。
 以前、いや、「それ以上にいい出来」(○●新聞文化欄担当のN氏)と、業界雀のさえずりだ。
 それもこれも、役者連に、スタッフ御方々にも恵まれたからでもある。その点では、奴の人望でもある。

 ところで、クラウン氏の劇団では、来年3月にも公演があるそうだ。
 どんな芝居かは知らないが、興味があったら、ぜひ、足を。
 ちなみに、劇団名は、「天然ピエロ」。奴らしいネーミング。
 もし、板の上に立ちたいと思ったら、ドアを叩くことをお勧めする。
 快く迎えくれてくれるだろう。
 
 と、まぁ、久しぶりにブログを書いた。
 この板が、まだ、あっただなんて忘れれていたが。
 世事の点描に追われていたここ数年、戯言も、時には必要だ。
 さて、そろそろ現に戻るか。 
posted by Jhon Done at 00:00| Comment(0) | それだけのことさ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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