2008年09月24日

「押し黙ったまま、彼は……」

気がつくと、下を向いて歩いていた。

鞄を小脇に抱え、ポケットに両手を突っ込み、右肩を落としながら。
茜色の残照につつまれた街並みを、人の流れに逆らって。

だからといって、暗うつな気分に襲われていたわけではない。
ことさら、深い考え事に支配されていたわけでもない。

ただ、ある友人の存在が、蜘蛛の巣のように、頭の片隅に引っかかっていた。
伝える言葉もなく、いつのまにか、姿を消した一人の男の存在が。

「大した問題じゃないさ」
友人の面を消し去るように、語りかけてくる言葉。
「世の中には、いくらでも悲惨な物語は転がっているさ」
そう、無関心を装えば、そのために心を苛ませる必要もない。

しかし、無関心を装うには身近すぎた。

「確かに、問題じゃないさ」
けれども?
「問題なのは、親元から引き離されて、施設に放り込まれた奴が、結婚したことだ」
「産まれた子供を、自分と同じ施設に預け入れたことだ」

「子供のことが、問題なんかじゃない」

「奴が、どんな思いで子供を預けたか、そこが問題なんだ」 

「乳児院で育ったあいつ」
「誰よりも『家庭』にあこがれていたあいつが」

「そこが問題なんだ」

世の中に蔓延する同情とやらを寄せるつもりはない。

お前を、憐れんでいるわけでもない。
お前を、責めているわけでもない。
そんな、くだらないことを言っているんじゃないんだ。

たとえどんなに努力しようとしても、世の中にはどうしようもできないことがある。

ただ……どうして押し黙り、お前の人生を、暗い路地に押しこめてしまったんだ。
たった一つの言葉も残さずに。

俺は、虚空に声を出さずに毒づいた。

……気がつくと、陽は沈み、影が寄りそうように集まっていた。

変わっていく……多くのことが。
うつろぐ時の流れ中で、多くのことが変わるように。
そう、多くのことが。
posted by Jhon Done at 00:00| Comment(1) | それだけのことさ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
「百万回生きたねこ」ってお話、ご存知でしょうか。

児童文学ながら、大人にとっても深い示唆に富んだ素晴らしい物語です。

あの中で物語は私たちに語りかけます。
運命の連鎖は断ち切れると。

施設に預けられた子供さん。
彼もまた、親御さんと同じように、深く暗い道を手探りで歩んでゆくのでしょうね。
そうしながら、親御さんが感じた苦しみを背負い、嘗め尽くし、涙も枯れ、そうやって「彼」自身を生きてゆくのでしょうね。

私たちはひとりのこらず「傍観者」です。
本人以外には、誰ひとりとしてホンニンには成り得ない。

感じた痛みはあなたご自身の痛みです。

小さな施設の公園をいま、なつかしくおもいだしています。
Posted by miki at 2009年05月30日 12:42
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