2006年04月05日

「都会の憂鬱」


静まりかえった編集部内で、タバコに火をつける。
紫紺の糸が、流線を描きながら立ち上っていく。
都会の塵芥が、夜景に染まり、街灯りも徐々に闇の中に消えていく頃合いだ。

「憩い」の時を得る。
締め切りの後。

最後の記事を書き終え、制作部に記事を送稿すると、散乱したメモの間から灰皿を引き出し、冷めきった珈琲に口をつける。
その時ばかりは、全ての縄目から解きほぐされたように、わずかな「安息」の秒刻に浸ることができる。
あの「出口」のない迷路を歩き続ける「倦怠感」から唯一、解放される一瞬だ。

「疲労」と「幻滅」の世界をさまよい歩く。
神経を切り刻み、ドロのような汗が背中に染みついたような不快感をともなわせながら、
ネタ探しに奔走する。
自身をクエスチョンマークに仕立て肥溜めのようなこの世界の中で、せっせとメモをとり続ける。

誰かが言った。
「お前は、感情を持つことを避けるために仕事をしている」と。
「いや、苦痛を感じないようにしているだけさ」。

分かることがある。
仕事があらゆる人間関係に染みこみ、常に人を猜疑の眼で見、相手の動機を探り、その強みと弱みを見いだそうとする、瞳の奥に隠された冷たい眼を。
時に演技し、相手の心を読み、同時に、他人との間に越えがたい壁を築き上げる、その姿を。
絶えず、対象と距離を置き、諦観で人物や社会をシニカルな眼で見つめ、皮肉なユーモアを織り交ぜながら、優しさのかけらもない取り澄ました微笑みを浮かべるその表情を。

「ジャーナリスト」などと気取るつもりもない。
この肥溜めのような世界を「綺麗」にしようとも思ってもいない。

ただ、「迷路」をさまよいながら、メモを取っているだけだ。
そう、知ったかぶりのクソったれどもから、無用の「意見」を引き出して、それを「記事」にしているだけさ。

珈琲にバーボンを一滴垂らすと、口の中に、苦みが広がった……。

まるで、無駄な言葉に溢れた、この世界のように。

posted by Jhon Done at 00:00| Comment(1) | TrackBack(0) | それだけのことさ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
ヽ(´▽`)/
乙カレー!
Posted by さち at 2006年04月05日 07:28
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