2006年04月19日

「TAXI DANCER」


陽が落ちれば、夜は冷たいもんさ。

俺の言葉なんて、聞くたくも無いだろうから、この手紙は、「封」を切らずに、そのまま捨て置いてくれたって構わない。

ただの独り言だ。

街を流していると、色々な客が俺を捕まえようと、必死だ。
この不景気だっていうのにな。
送り届けてやるだけで「チップ」をはずんでくれるさ。
ま、その間、色々な「話」につきあわなきゃならないんだが。

それで、ちょっとしたことを小耳に挟んだんだ。

ドラッグストアの前で、赤い傘を差していたお前の事をな。

ダンスクラブで踊るお前は、この街じゃ、ちょっとは知られた顔だ。

それが、スーツケースを持ったまま、店の前で佇んでいたって話しだ。

車がはねた水しぶきで、コートを濡らしながら、誰を待つでもなく、立ちつくしていたと、客は、お前のことを、そう話していたよ。

お前にとっちゃ、余計な節介かも知れないが、俺にとっては、気になってな。

それで、客が途絶えたときなんかは、あの周辺を巡ってみたさ。
もちろん、店にも顔を出した。
お前は、いなかったがな。

それが、週末の話しだ。

噂では、「街を出ていった」って聞いたよ。
一曲1ドルで、にやけた野郎とダンスの相手をすることに飽きたんだろう、お前。

“ブルー”になっちまったのか?
割れた鏡のついたコンパクトをいつまでも、大事にしていたお前。
“夢”が壊れれちまったのか?

お前を傷つけちまった俺には、何も語る資格は無いが。
お前の沈んだ“瞳”が浮かんでしょうがないのさ。

今では、お前が、何を思い、何を望んでいるかなんて、知るわけもないがな。
ただ、お前の誕生日には、気のきいた香水くらいは、贈ろうと思ってもいたんだ。

それが、驚いたよ。
“リトル・マーマメイド”のあの店でお前を見つけたときには。
スツールに腰かけ、シガレットに火を点けながら、隣にいた奴と談笑していたお前の姿を見かけたとき。

店の中は、満員で、腰かける椅子もなかったが、戸口でお前を見つけたときには、心臓が張り裂けそうにもなったぜ。

喧噪に、紫煙が渦巻く中で、一際、光っていたお前。

一瞬、お前は振り向いて、俺を見た。
「時」が止まったかと思ったぜ。
そう、一瞬だったがな。

この街に、戻ってきたんだな。
“TAXI DANCER”

お前の席に、近づこうと思ったが、やめにした。

ラスト・オーダーには、まだ、十分、時間もあったが、俺は、街に車を流しに出ていった。
また、お前と会えると思ってな。

ホッとしたよ。
昔のような、輝いていたお前を見たときには。

俺は、ドラッグストアの傍らで待っている。

この手紙を読もうと読むまいと。
傘を持ってな。

曇っていても、晴れていても。
お前のために傘を差すためにな。

赤い傘を。
posted by Jhon Done at 00:00| Comment(0) | それだけのことさ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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