2010年08月09日

オン・シーズン

都西を足場に活動する「劇団サボテンアミーゴ」という劇団がある。
社会人主体の悲喜劇がウリの劇団だ。
以前、ここの連中の幾人かと同じ舞台に立ったが、本当に「芝居」を楽しんでいる奴らばかりだった。
それこそ、輝く「個」がぶつかりあい、板の上でハーモニーを形成していた。その「楽しんでいる様」は客席をも覆い、客様も楽しんでくれていた様子だった。

過去形で書いたのは、昼に夜を継ぐ売文の徒、それに5年前か? 「肺」をやっちまってから俺は、「表方」に立つ事はなくなった。

「また、舞台に」と仲間内から何度と無く連絡をもらっていたが、言葉を濁していた。
毎度、毎度の不義理では申し訳が……というわけでもないが、本体の「サボテンアミーゴ」が10月23・24の両日、「現代座」(東京・武蔵野市)で公演をするので、宣伝がてらこの板に。

近く、詳細をネットにアップするそうなので、要確認を。
いろいろと趣向を凝らし、「芝居」ならではの面白さを味あわせてくれる劇団だけに、興味を覚えたら、ぜひ、足を。


話は変わるが、初冬、この俺も、とある劇団の舞台にあがる予定だったが、「ケツ」をまくった。

水面下で進む媒体のリニューアルの話に、「場」を張るだけの体力があるかといった懸念が頭をよぎったが、けれど、これまでに幾度と無く声をかけてくれていたゆえに、そして、昔からつきあいがある奴のために、もと。
さらに言えば、「そろそろ『舞台』に戻るか」との思いから、二つ返事で承知した。
折り合いをつければ「時間と体力」なんてものはなんとかなるさ、との楽観的な観測をもって。

しかし、「役を纏う」ことができなかった。「役」に愛情を注ぐことができなかった。俺の読み取りが違っているのか? アプローチの仕方がまちがっているのか? 芝居感が狂っちまったのか?
詳細は避けるが、結果、「役」を降りた。

役者連にも劇団側にも、何も不満はない。「粋」と「勢い」のある劇団だけに関わる面白みはあった。
しかし……「譲る」ことのできないものがあった、俺には。


以前に、そう、かなり昔だが、「ケツ」をまくったことがある。
同じく社会人劇団で、創設から30年の歴史を誇った「劇団マイ・ウェイ」という芝居屋があった。外国劇が主で「ブラック・コメディ」のP・シェーファーやA・クリスティの戯曲をはじめ、「アルジャーノンに花束を」などさまざまな演目を。
社会人劇団とは思えないほど、衣装に小道具、果ては舞台装置と細目にまで凝り、徹底的なリアリズムを舞台上に演出いていた。
劇団を閉じる3年前くらいに俺も関わるようになり、いろいろと勉強をさせてもらった。
芝居3.jpg
■『招かれざる客』(作:アガサ・クリスティ)■

その30年間の幕閉じに「オリジナル」をということで、米国・ローゼンバーグ事件に材を得た『ローズ&ローゼズ』という脚本を俺が書いた。
脚本・演出のスタイルを俺はとらないので、演出家に指導をゆだね、(演助の立場の)俺と演出家、舞監の三者間で、連夜、配役から装置と打ち合わせを続けた。

脇を飾る役者連は、それぞれの持ち味を出し、脚本に彩りをそえてくれた。
けれど、主役の片割れが、俺の求めるレベルにまで達していなかった。
「生意気」ざかりだった当時、人生の大先輩に「ケチ」をつけていた俺。
演出家は「稽古を重ねれば」と、こちらの意を汲んでダメを出すが……。
けれども、無理だった。俺の求めるものが高すぎたのか……。

結局のところ俺は、劇団側に無理を言って、別の脚本に変えてもらった。
10年前、「毒薬と老嬢」で30年の活動の幕を閉じた「マイ・ウェイ」。
芝居を離れた者、演劇文化を根付かせようと郷里に帰った者とさまざまだった。
そして、その脚本は、デスクチェアの奥にしまわれたまま。


「ケツ」をまくる、との意味では違うかもしれないが、今回のことが俺を過去へと振りかえさせた。
「あのまま、上演していたら、どんなできだったのだろうか」と自問した。

社会人劇団、ストレートに言い表せば、芝居を愛する素人集団だ。
けれど?
舞台にあがれば、プロも素人も関係はない。
客様から「時間と金」をいただく以上。

だから俺は……それに、俺に残された時間が、後、どのくらいなのか知りもしない。それだけに……。


有象無象の劇団が、役者連がこのクソ暑い夏の中で、稽古に日を重ねている。
芝居のオン・シーズンを迎える秋に向けて。










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2008年09月24日

「押し黙ったまま、彼は……」

気がつくと、下を向いて歩いていた。

鞄を小脇に抱え、ポケットに両手を突っ込み、右肩を落としながら。
茜色の残照につつまれた街並みを、人の流れに逆らって。

だからといって、暗うつな気分に襲われていたわけではない。
ことさら、深い考え事に支配されていたわけでもない。

ただ、ある友人の存在が、蜘蛛の巣のように、頭の片隅に引っかかっていた。
伝える言葉もなく、いつのまにか、姿を消した一人の男の存在が。

「大した問題じゃないさ」
友人の面を消し去るように、語りかけてくる言葉。
「世の中には、いくらでも悲惨な物語は転がっているさ」
そう、無関心を装えば、そのために心を苛ませる必要もない。

しかし、無関心を装うには身近すぎた。

「確かに、問題じゃないさ」
けれども?
「問題なのは、親元から引き離されて、施設に放り込まれた奴が、結婚したことだ」
「産まれた子供を、自分と同じ施設に預け入れたことだ」

「子供のことが、問題なんかじゃない」

「奴が、どんな思いで子供を預けたか、そこが問題なんだ」 

「乳児院で育ったあいつ」
「誰よりも『家庭』にあこがれていたあいつが」

「そこが問題なんだ」

世の中に蔓延する同情とやらを寄せるつもりはない。

お前を、憐れんでいるわけでもない。
お前を、責めているわけでもない。
そんな、くだらないことを言っているんじゃないんだ。

たとえどんなに努力しようとしても、世の中にはどうしようもできないことがある。

ただ……どうして押し黙り、お前の人生を、暗い路地に押しこめてしまったんだ。
たった一つの言葉も残さずに。

俺は、虚空に声を出さずに毒づいた。

……気がつくと、陽は沈み、影が寄りそうように集まっていた。

変わっていく……多くのことが。
うつろぐ時の流れ中で、多くのことが変わるように。
そう、多くのことが。
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2008年09月16日

「愛と哀しみのパパオ」

宙を見上げ、自身を呪った。
「なぜ、俺は、こんなことを言っちまったんだろうか」と。
その傍らで、パパオがひっそりと息を殺している。

ルート99をたどった帰路。
俺は、エンジン・ストップの恐怖にかられながら、パパオを駆っていた。
俺もパパオも必死の形相で、家路へ。

無事、家前にたどり着き、タバコに火をつけると、
「買い替えの時期かな」
俺の脳裏に浮かんだ言葉が、そのまま音声となって出ちまった。

パパオが身を硬くする。
青ざめた表情に、顔をこわばらすパパオ。

ふっと我にかえった俺は、後悔した。

パパオと過ごしてきた、いくつもの季節。
お前に無理を強いてきた、俺。
疲れた身体を引きずりながらも、俺につきあってきたお前。

愛猫ムツが出窓から、俺たちをみつめている。
俺とパパオとムツさん。
3人3様の人生が交錯し、ともに轍を刻んできた俺たち。
ムツの目から、一筋の涙。
いつしか、残照が、陰影をともなったブルーに変わり、3人の姿に闇が覆いはじめていた。

「休め、パパオ。お前には、少しばかり安息が必要だ」
エンジン・キーに手を伸ばし、わずか200メートル先の整備工場に、お前を預け入れに。
途中、なんどんとなく、無言になるお前。
「大丈夫だ。工場長のドクター・Nさんが、なんとかしれくれる。心配するな、俺とお前は、一つだ」
「これまでも、そして、これからも」

ボンネットから煙を吐き出し、息も絶え絶えに走っていた数週間前。
身をていして、俺を守ろうとしたお前。

お前は、俺の誇りでもあり、俺の身体の一部でもある。

たとえ、軽に負けたとしても?
たとえ、ミニに負けたとしても?

どうして、お前を見捨てようか。
整備につぐ整備だったとしても、お前のためならば、俺は……。

代車受け取りをかねて、面会にいったとき、病床で身を横たえていたお前。
健康のすぐれないお前の青ざめた表情に、胸内が痛んだ。
けれど、この哀しみは、お前が戻るまでのこと。

ムツが胸に十字を切ると、俺は、パパオの守護天使、聖フランチェスコ・パパオ・ドミネに、「病者の祈り」をささげた。
お前の笑顔が戻るよう、に。
それまでは……何も心配するな。
ゆっくり休め、パパオ。

追伸=お前の代わりにやってきた、プリメール・ワゴンも、お前のことを心配している。同時に、俺の運転技術に心配を寄せているようだが。
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2008年09月14日

「序論と結論は違うものさ」

欄外に「責了」と記すと、「フッー」と宙に息をはいた。

締切りから下版までのここ数日のあわただしさに、終止符を打った瞬間。
張り詰めていた緊張と疲労とが、波のように一気に押し寄せる。

とはいえ、終わった。
タバコに火をつけ、冷めきったコーヒーを喉に押し込むと、心なしか癒される。

ある媒体の任を負っているが、予算面の都合でクライエントからの人的援助はスタッフ一人。
ま、一人配置でも、こちらは大助かり。
なんせ、アバウトな俺は、細かい事務作業が苦手で、その点で、彼女に感謝している。

その彼女が、「ナイト・ショーのチケットがあるけれど、見に行かない」と。
「映画か、最近、映画館なんかいく暇も無かったからなぁ。どんな映画だ?」
「アンジェリーナ・ジョリーが出演する『Wanted』よ」

もっぱら、レンタルビデオ屋でDVDを借りては、見ないまま返却する俺。
ましてや、ひいきの監督と役者以外の映画を開拓しようなどとは思わない、俺。

「どんな映画だ?」
以前、奴にだまされて、デズニー映画につきあわされた経緯があるだけに、ここは慎重に。
「アクション物だけれど、アンジェリーナ・ジョリーがいいのよ!」とのたまう彼女。

「アクションか……、それにアンジェリーナ・ジョリーって誰だ?」
「え? 知らないの、ブラッド・ピッドのパートナーよ」
「興味ねぇな」
「ジョン・ボイドの娘よ」
「え? あのボイドの」
ということで、チケットは彼女持ち、メシ代は俺持ちで交渉成立。

外れ映画を考慮して、いつでも寝れるようにと後部座席を確保。
毛布も借りて。

果たして、ここで映画評を書いて良い物か知らないが……。
冒頭、マトリックスのパクリかと思ったが(彼女いわく、同じ関係者だそうだ)、以外に、楽しめた。
というよりも、主人公のジェームズ・マカヴォイがいい味を出していた。

けれども、彼女にとっては、アンジェリーナ・ジョリーの位置づけに不満顔。
ステーキ屋で、不満たらたら。
「もっと彼女を前面に」と、ステーキを平らげたあと、胸焼けしそうなチョコレートパフェを召し上がりながら、「アンジェリーナ」論をぶつ始末。
ま、「ホットな役どころでよかったじゃん」と適当なことを言って慰める俺だった。

帰り、口直しに、ジム・ジャームッシュの『コーヒー&シガレッツ』を借りたのは、彼女には内緒だ。

結論
トム・ウェイツは最高だ!
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2008年09月08日

「いつも腰に痛みを」〜腰痛持ちの君に奉げるセレナーデ〜

俺の目の前には、毛足の長さ3センチほどの絨毯が広がっていた。
「こんないい絨毯敷き詰められるほど儲かってんだったら、俺の稿料あげろよ」と内心毒づきながら、「いてぇー」だの「ぐぇー」だのと奇声を発していた。

「歯の痛みと失恋は、他人には分からない」という言葉はあるが、そこに俺は、腰痛も加えたい。

哀れみに飢えている俺は、クライエント先で、腰の痛みをとうとうと語っていた。
顔をゆがめ、腰に手を当てながら、「息をするのもつらいんだぜ」と、スタッフ連の反応をうかがいながら、「ふーっ」と深いため息をつき、「こうして話すにしても、全身に痛みが走るんだ」と、同情を買おうと、ことさら演技を重ねた。
というよりも、実際に、痛みに耐えかねていたが。

俺が、ひとしきり、腰痛論をぶっていると、自称・整体師と称する社長様からのお呼びが。
「何、悪いことやったんだよ?」
俺のサラリーマン時代のボスで、俺を一人前の記者に育ててくれた恩義ある人物。

「そこに、腹ばいになれ」と自称・整体師。
ふかふかの絨毯に、身を沈めた俺。
「こうみえても、整体には、詳しい」
と俺の背中にのり、ツボ・マッサージとやらを。

ツボらしきところを押さえられるたびに、奇声を発する俺。
「お前、肉ねぇな」
「ええ、なんせ、稿料が安いもので、メシを食う金も……」
俺の頭をはたきながら、
「運動しろ」と言い放つエセ整体師。
社長室という密室の中で、2人の男が……。

と、卑俗な話をするのは、俺のスタイルではない。
とはいえ、知らぬ者が、この怪しい光景を見たらなんと思うだろうか、と思う昼前時の、ほほえましくもない光景。


【場転】


エセ整体士のおかげか、腰が軽くなった俺は、とある記者会見に臨んだ。
腰痛持ちの輩の悪い癖は、いかに自分の腰痛がひどいかを、自慢気に語るところ。
多分にもれず俺も。
他の記者連を前に、経緯・経過を仔細に。
そこに、悲しみの人・報道官が一言、「ぬるま湯につかって、腰をいたわってあげてください」と。
上層部とマスコミとの狭間に立たされること2年間、着任当初のはつらつとした面影は消え、いつしか、悲しげな表情をたたえるほどに、苦渋に満ちた人なのだ。
それだけに、いつもヘラヘラしている俺なんぞよりも、彼の方が言葉に重みがある。
腰痛持ちの同胞・同士なのだが、いつしか、主人公は、俺から彼へと。
なぜか、理不尽な怒りを覚えつつ、俺は、多少、刺のある口調で、「そろそろ会見じゃないですか」と。
うーん、いい加減、年相応の大人にならないとな、と一瞬だけ思った午後2時の、アンニュイな記者会見場からのレポート。

と、「腰痛」ネタで引っ張ってきたが、自身、書き連ね、面白くもないので、もう止めにした。
つか、こんなことを書いている時間があるならば、「アレ」を片付ければ良いと思うのだが、しかし、一向に気分がのらない。
果たして、年内に、発刊できるのかしらん。
「多分、無理だろうな」
なんてことを、彼を前にしては、口が裂けても言えない。
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2008年09月07日

「正しい『行く夏を惜しむ』ためのアダージョ」

気がつくと、夜が落ちていた。
記憶から意識がぬけ落ちようにベッドに沈んでいた俺は、身を起こそうとすると、腰に激痛が走った。
おかけで、すべての記憶を取り戻した。

サイドテーブルのランプに火を点し、揺れる炎をみつめていると、愛猫ムツが、俺をいたわるように身体をすり寄せてくる。
「どうしたムツ? 散歩でもいくか」

近くの神社へ。
距離にして、20メートル。
途中、立ち止まっては、息を継ぎ、足を進める俺。
その傍らで、一緒になって足を止めるムツさん。

境内までの階段を、一歩一歩、腰をかばいながら、上る。
ムツも、階段で息を整える。
一気に上りつめた昔とは違い、ムツさんも年をとったもんだ。
階段の途中で、苦笑いを交わす俺たち。

秋祭りの名残りが、境内をほのかに照らしていた。

俺たちは、イチイの大木に身を預け、風に揺れる葉のざわめきに耳を傾ける。
天を見上げると、イチイの梢の先に、闇が深さを増していた。

大気ににじむネリウマの里。
人々の暮らしが、伝わる。

視界の隅に、マッチの炎が揺らめいた。
境内の片隅で、一組の家族が、花火に興じている。

父親が持つ線香花火の丸くなった火薬の火花を、じっと見つめている一人の少女。
その傍らで、彼女を包むかのように腰を落とし、同じように見つめる母親。
なぜか、切なさを覚える風景。
行く夏を惜しむ、一幅の絵のように。

一つ、また、一つと境内に点された提灯が火を落とす。
線香花火の火球が落ちると、静寂があたりをにつつむ。

風に枝を震わせていたイチイの木も、眠りにつくころだろうか。

夏を過ぎた線香花火のかすかなにおいを後に、俺とムツは、夜陰に身を沈ませていった……。
行く夏に、秋を迎えに。




著者注=正しい「行く夏を惜しむ」あり方というものは、このようなものでなければならない、とどこぞの連中に強く俺は言いたい。
ま、どうでもいいが。
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2008年09月06日

「祭りの後」

 木槿の花弁が、朝の到来を告げていた。
 一日草。
 そう、花弁を閉じてから、一日が経っていた。

 俺は、ベッドに倒れこんだ。
 いや、性格に描写するならば、玄関から2階の寝室まで、這うようにしてベッドにたどり着いた。

 身体を動かすことなく、窓辺への視線から天井へと移し、木目を数えながら、思った。
 「ヒエロニムス・ボッシュも、腰を痛めることがあるのだろうか」と。
 クールでタフなハードボイルドのボッシュと、ブルージーでダルな俺との連鎖は、ついぞ繋がることのないことを理解した。
  
 俺の記憶が定かならば、奴こと、ミスター・クラウンは「公演も終わったことですし、次に向けて話し合いを。その席にイドウさんも臨んでもらえたら」と言い放ったはずだ。
 俺も二つ返事で、「ああ、いいよ。久方ぶりに芝居談義に花を咲かすのも、一興だ」と、土曜の仕事もそこそこに、愛車パパオでルート7を南下した。
 「スタ・シスに、リー・ストラスバーグか? シュガー・コートを交えて別役氏のドラマツルギー論も面白いな」と独り合点しながら、テゼのメロディーを車窓に送りながら。

 だが、そう、だが、だ。
 俺を待っていたのは、なぜか花火の束を持って、玄関先でヘラヘラと笑っているミスター・クラウンに、奥部屋から聞こえてくる、酔っ払いどもの下卑た笑い声だった。

 「ん?」俺の頭の中に、疑問符がいくつも浮かび、同時に、悟った。
 そして、後悔した。
 宙を見上げ、曇天とした夜空に深いため息をつきながら、「仕上げなければならない原稿をほっといて来てみれば……人生ってやつは、“ゴドー待ち”さながらの不条理にして、不可知なものだ」と深遠な哲学的命題を解くような思案顔で、声を殺した。

 その傍らで、ミスター・クラウンは「花火がやりたいかな、なんて思って、こんなに買っちゃいました」とヘラヘラ顔を満面に。
 「お前なぁ――」と言いかけたところに、奥部屋から、酔っ払いの連中が這い出してきて、「花火だ、花火だ」とうれしそうに、花火の品定めを。
 「この劇団、大丈夫かしら」と一抹の不安を覚えながらも、そこは、偽善者の俺。
 「花火か。いいね、祭りの後の花火だなんて、一種、文学的でいいじゃないか」と訳のわからんことを言い出す始末。
 俺も、堕ちたもんだ。

 ところで、奴は、資産家のボンボン。
 ま、金がなきゃ、芝居なんぞ、やらんだろうが。
 奴の家は、高級住宅地のただ中。当然、奴の家も。
 庭には、何千万ともする鯉が泳ぎ、犬も、うん百万もするという外国産だそうだ。
 その庭先で、“花火大会”がはじまった。
 「自然的ななりゆきで」と強調する奴だが、どうも、単に花火がしたかったんじゃないかと思わざるを得ないのだが。
 それに、酔っていると人間というものは、火の傍に近寄りたくなるのだろうか。花火をわしづかみに、火をつけ、「キャッキャッ」と騒ぐ若い衆ら。
 再々、疑念を募らせる俺。
   
 「ま、どうでもいいや」と、7つの星に火を点し、シニックに構えながら、俺は、遠く近くの祭囃子に耳を寄せる。
 花火のもうもうたる煙の中で。
 煙が目にしみるぜ。

 そして、事件が。いや、事故か。

 相変わらず、ヘラヘラしながら、花火に興じるミスター・クラウンは、水がめに、”ねずみ花火”をまとめて放り込み、どこからか持ち出してきたガスバーナーで火をつけた。
 一気に、火花を散らすねずみ花火。
 そして、最後、大音響を残して。
 
 落ちていく夜に身を預けていた俺は、“散り際の美学”なぞと気取る以前に、その大音響に驚き、宙に身を踊らした。
 そして……やっちまった。
 地べたに倒れこんだ俺は、立ち上がろうとすると、腰に激痛が。

 遠い昔。いや、時の数え方によっては、そう遠くでもないのかもしれないが、いずれにしろ、学生時代だ。
 港の荷役人のバイトをしていたことがあった俺は、5階層でなる貨物船の最下層で、マグロの荷揚げをしていた。
 頭上高くからこぼれる一条の太陽光に、氷の結晶が舞う。幻想的な世界の中で、重さ3kgの凍りついたマグロを荷台にのせる作業。
 シュールレアリスムだ。

 その過程で……やっちまった。 
 凍りついたマグロを持ったまま、俺も凍りついた。
 
 その後、1ヶ月、腰痛で寝込み、以来、腰痛とは“人生の友”とも呼べるほどの長い付き合いとなった。
 季節の移り変わりと雨続きいは決まって。
 さらには、仕事柄、関東近県をネタ探しで車で経巡る俺にとって、腰の痛みは、もはや、痛みの無いほうが、異常のサインとなっている。
 しかし、今回のは、異常の“二乗”でもある。

 帰るにも難儀する俺は、奴の部屋で身をおとなしくしていた。
 というよりも、おとなしくせざるを得なかった。

 が、鬼畜の人、ミスター・クラウン氏は、麻雀パイを持ち出し、「やりましょう。座椅子もあるし」といたわるような声で。
 俺は、こいつの人間性を疑いたくなった。

 けれども、常軌の世界のヘリで生きるイアーゴこと、イドウな俺は、リチャード3世にも劣らずの人。
 打ったよ。打ちましたよ。打ちゃいいんでしょう!
 と、まわすこと半チャン15回、朝の8時まで。
 (後日、クライエントで、この話をしたら、あきれられたが。ま、それは、未来形の話)。

 愛車パパオとともに、ナイト・ホークスの帰還。
 木槿。
 紫色した花に水やりしながら、俺のシュガー・ベイビーは「無体なことを。心配しましたわ。結局、一睡もせずに、あなたのお帰りを」と。
 「愛と腰の痛み」まるで、映画の題名のようだ。

 なんとかベッドにたどり着いた俺は、天井をみやりながら、「マイクル・コナリーは、腰痛持ちの探偵を主人公にした小説を書くだろうか」と自問したが、解答を得る前に、深い眠りに落ちていた。

 箴言
 レギーの黙想
 「あなたは弱くされた、謙虚を学ぶために」。

 また一つ俺は、この深遠な人生の中で、自身の愚かさを知るとともに、知恵を得た。
 その知恵が、生きた行動に結ぶつくならば、の話だが。



編集部注=フィクションであり、登場人物ならびに、云々かんぬんは、実際には存在しません。
と、一応ことわっておこう。
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2008年08月22日

「トリッキー・クラウン」

 小屋特有の匂いが、鼻腔をつく。

 久しぶりに、芝居を観た。
 といっても、本公演ではなく、ゲネだが。
 役者連が、板の上で芝居を楽しんでいる様子が伝わる。

 正直なところ、うらやましかった、彼らが。
 そして、懐かしくもあった。芝居特有の、“匂い”が。
 
 客席で俺は、独り言ちした。
 「なぜ、俺はここに? この席に?」
 本公演の成功を祈りながらも、呪詛を宙に。
 「芝居なんぞ観るもんじぇねぇ。演(や)るもんだ」
 闇の中に、言葉が溶け込む。

 ミスター・クラウンから連絡が寄せられたのは、7月半ば頃だろうか。
 「イドウさん、8月末に阿佐ヶ谷で芝居を――」
 奴がそう言いかけたとき、俺は言葉を重ねた。
 「もしかして? この俺に観に来てほしい、だなんて営業の連絡じゃねぇだろうな」と。
 電話先で、言葉を濁すミスター・クラウン。
 「義理欠きで失礼なところは観にいくが、それ以外はNGだ。第一、なぜこの俺が? 自分が出もしない芝居を、観にいくと?」
 知った間柄。俺の性格を、奴も心得てはいるだろうが、さすがに……。
 「俺を、出せ。肺病みの十分な身体ではないが」
 電話口で、言葉を失っている奴の表情が浮かぶ。

 「セリフはいらん。覚えるのが面倒だ。10分、俺にくれ。曲ももちろん、俺が考える」
 「『出』は、ブラッド・メルドーのブルージーな曲きっかけ。ランプシェイドのほのかな照明(あかり)に、板付きの俺のシルエットが浮かび上がる段取りだ。スツールに腰掛け、虚空を眺める俺。メルドーの調べが、空間を漂う中で、もの思いにふける。これで5分は客様を魅了することができる」
 「ブリッジで、ニック・ドレイクの曲つなぎ、最後に、バーバーの『弦楽のためのアダージョ』で、フェード・アウト」
 「な、いい芝居になりそうだろう?」
 と得手勝手を押し付けて、「そのうち、稽古場に顔を出しにいくから」と、一方的に携帯を切った。 

 ふっ、この俺に「芝居を観に来い」だなんて、10年早い。

 とはいえ、売文の徒。
 取材に、締め切りに、さらにその合間を縫っての編集屋稼業と、昼に夜を継ぐ世界の住人。
 芝居の話なんぞ、すっかり忘れていたが、ひょんなことから思い出し、唐突に稽古場に足を運んだ。

 が、脚本を見ると、俺の出番は……。
 それに、ウォーク・スルーをみていると、「こりゃ、俺の出る幕じゃないな。なまじ出たら、芝居こわすぞ」と自重と自戒を。
 ミスター・クラウンには「なかなか、いい芝居じゃなか。生半可に俺が出ると、ハーモニーを乱す」と世辞交じりに、役者連には不適格なアドバイスと小難しい演劇論をぶち、混乱の極みへ。
 偽悪者たる俺は、ただでさえ自己顕示欲の塊のような役者連に世辞をかますなどとのまねはしない。
  
 ま、本公演は知らんが、出来は良いはずだ。客様も満足してくれただろう。
 ゲネで、俺が楽しめたのだから。
 
 ミスター・クラウンとは昔、奴の芝居に立ったのがきっかけで、それ以来、なんやかんやで腐れ縁が続いているが、どうやら無事、公演を終えたようだ。
 以前、いや、「それ以上にいい出来」(○●新聞文化欄担当のN氏)と、業界雀のさえずりだ。
 それもこれも、役者連に、スタッフ御方々にも恵まれたからでもある。その点では、奴の人望でもある。

 ところで、クラウン氏の劇団では、来年3月にも公演があるそうだ。
 どんな芝居かは知らないが、興味があったら、ぜひ、足を。
 ちなみに、劇団名は、「天然ピエロ」。奴らしいネーミング。
 もし、板の上に立ちたいと思ったら、ドアを叩くことをお勧めする。
 快く迎えくれてくれるだろう。
 
 と、まぁ、久しぶりにブログを書いた。
 この板が、まだ、あっただなんて忘れれていたが。
 世事の点描に追われていたここ数年、戯言も、時には必要だ。
 さて、そろそろ現に戻るか。 
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2008年07月31日

「心閉ざした君」

雨を告げる鳥たちのさえずり。
“レイン・バーズ”
やがて、雨が……。

傘も差さずに、歩く君。
“ストーン・ボーイ”
いつしか、誰もが君を、そう呼ぶようになった。

哀しみの感情を心に埋めたまま。
いつも決まって、君は、独りで……。

壊れた自転車を引きずりながら……。
いつまでも、公園のベンチにうずくまっていた君。

「ほんの些細なこと」
そう思うのかい、本当に?
本当に、そう思うのかい?

雨しぶきを走りすぎていく人々。
雨に打たれる君。

彼の“瞳”の奥を、一度でも、覗いたことがあるかい?

抱きしめる“夢”の破片。
砕けた「時」の欠片。

「コインボトル」「紙切れ」「賛美歌」……。
そして、「一枚の写真」。

“ストーン・ボーイ”
心閉ざした君。
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2007年12月25日

「折れたひざを伸ばして」

行き着いた先は、ガラス窓からランプの「灯り」と「グレツキ」の調べが漏れてくる、誰も知らない小さな「喫茶店」だった。

「胡桃色」の薄明かりさえをも避けるように、片隅にあるテーブルに身を落ち着かす。
ダークグレイのスーツに、ライトグレイのマフラーを肩からクロスさせ、その上にダークブラウンのハーフコートを身にまとったまま、スツールに腰を落とす。
そして、そのまま、漆黒の木壁に身を預ける。

街は、陽気な「クリスマス」気分に彩られていた。
イルミネーションに飾られた街灯が、行き交う人々の表情に映える。

しかし、その店だけは、違っていた。
『悲歌のシンフォニー』が、重く、そして、低く、響く。聖母マリアへの哀しい祈りが、切々と綴られている。

独り、誘いを断り、「孤独の時」を許した。
久しぶりだった。
「秒刻」から解放され、「時刻」に浸ることができるのは。
「時の鐘の音」に踊らされることもなく。

そう、もう「走る」ことは止めた。
果てしのないレールを過ぎ行きたとしても、その先には、また、別のレールが待っているからだ。

そう、もう神経を「切り刻む」ことは止めた。
「珈琲」の香りに身を包み、「煙草」の匂いに身を委ねることに決めたからだ。

気がつくと、第3楽章の終わりに近づいていた。
反復する和音のメロディは「憩い」を。歌声は「安らぎ」を願う祈りの言葉へと。
あたかも、「慈しみ」と「慰め」が、ランプシェイドの影を包み込むかのように。

折れたひざを伸ばし、「歩き」続けることにした。
決して、急がせることなく。
「時」のままに。
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2007年09月20日

「暮れゆく雑踏の中で、独り」

ほのかに木犀の香りが、鼻こうをくすぐる。

気がつくと、季節は、秋の到来を告げていた。

朱色や黄色の鮮やかな緑色のかたまりが重なり合いながら、
黄昏時の風に枝をふるわせている。

街行く人々は、誰しもが、ひっきりなしにしゃべっている。
そして、雑多な音が入り交じり、喧騒へと。

「どうして、そんなにしゃべることがあるんだい?」

孤独と喪失に彩られた街中を、過ぎゆく人々を見つめながら。
独り、言葉を摘んだ。

全てに疲れていた、あの日……。
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2007年04月02日

「大きな枝が折れる前に」

「過ぎた時の欠片を拾い集めることは、哀しいことじゃない」。
だからといって、このクソのような人生を、美化するつもりはないが。

ただ、君に伝えたいことが、いや、俺、自身にだ。

枯れた心で生きることの虚しさよ。

失意、不安、寂寞、悪意、沈鬱、偽り、悲哀、憎悪。

この世は、哀しい。

しかし?

美しくもある。

雲間から一筋の明かり。
音もなく落ちる木の葉。
街頭の灯りに映る影。
木立に囲われた家々の暖。
月は空高く、風はないでいる。

何が見える?
何が聞こえる?

枯れた心の虚しさよ。

教えてくれ。
どうして、そんなに暗い顔をしているんだい?

少しくらい失敗したからといって、落ち込まなければならないのかい?
人生につまずいたからといって、自棄にならなければならないのかい?

葬送の曲を奏でるには、まだ早すぎる。

この世界が険しく映ったとしても、目の前のくすんだ夜明けに、たった一人ぼっちだと感じたとしても、これ以上、自身を貶める必要は、ないだろう?

希望の泉に、枯れた心を。

君にしても、俺にしても、もっと、幸せになれるはずだ。
もっと、陽気になれるずだ。

君の、そして、俺のために、祈り続けよう。

「煙立つ亜麻布が、いつまでも消えぬように」と。
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2006年04月20日

「Golden sulumber」



そろそろ、一日が終わりそうかい。

それとも、まだ、心を沈ませているのかい。

どうして、一瞬一瞬を覚えていなければならないんだい?
次の角を曲がったら、何があるかだなんて、誰に分かる?
どれが正しくて、どれが間違っているかだなんて、誰が分かる?

「A」が違っていたら、「B」がある。
「B」が違っていたら?
アルファベットは、まだいくつもあるさ。

気が滅入っているようだったら……。
それとも、過去の出来事が未来に忍び込もうとしているのかい?
そんなときは、心のプラグを引き抜いて、
受話器からフックを外してしまえばいいのさ。

そして、悲しみのシーツを取り替えて、
月影が落とす長い影に、身を滑り込ませれば……。
やがて、まどろみが迎えにきれくれるさ。

当分、世界は滅びそうにもないって話だぜ。
少なくとも、「明日」は、確実にやってきそうだ。
だったら、「明日」に託せばいいさ。

さぁ、灯りを消して。
静寂の「時」の世界に身をまかせるのも良いものだ。

過ぎゆく、今日に、「サヨナラ」を。

Good night & Sleep tight

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2006年04月19日

「TAXI DANCER」


陽が落ちれば、夜は冷たいもんさ。

俺の言葉なんて、聞くたくも無いだろうから、この手紙は、「封」を切らずに、そのまま捨て置いてくれたって構わない。

ただの独り言だ。

街を流していると、色々な客が俺を捕まえようと、必死だ。
この不景気だっていうのにな。
送り届けてやるだけで「チップ」をはずんでくれるさ。
ま、その間、色々な「話」につきあわなきゃならないんだが。

それで、ちょっとしたことを小耳に挟んだんだ。

ドラッグストアの前で、赤い傘を差していたお前の事をな。

ダンスクラブで踊るお前は、この街じゃ、ちょっとは知られた顔だ。

それが、スーツケースを持ったまま、店の前で佇んでいたって話しだ。

車がはねた水しぶきで、コートを濡らしながら、誰を待つでもなく、立ちつくしていたと、客は、お前のことを、そう話していたよ。

お前にとっちゃ、余計な節介かも知れないが、俺にとっては、気になってな。

それで、客が途絶えたときなんかは、あの周辺を巡ってみたさ。
もちろん、店にも顔を出した。
お前は、いなかったがな。

それが、週末の話しだ。

噂では、「街を出ていった」って聞いたよ。
一曲1ドルで、にやけた野郎とダンスの相手をすることに飽きたんだろう、お前。

“ブルー”になっちまったのか?
割れた鏡のついたコンパクトをいつまでも、大事にしていたお前。
“夢”が壊れれちまったのか?

お前を傷つけちまった俺には、何も語る資格は無いが。
お前の沈んだ“瞳”が浮かんでしょうがないのさ。

今では、お前が、何を思い、何を望んでいるかなんて、知るわけもないがな。
ただ、お前の誕生日には、気のきいた香水くらいは、贈ろうと思ってもいたんだ。

それが、驚いたよ。
“リトル・マーマメイド”のあの店でお前を見つけたときには。
スツールに腰かけ、シガレットに火を点けながら、隣にいた奴と談笑していたお前の姿を見かけたとき。

店の中は、満員で、腰かける椅子もなかったが、戸口でお前を見つけたときには、心臓が張り裂けそうにもなったぜ。

喧噪に、紫煙が渦巻く中で、一際、光っていたお前。

一瞬、お前は振り向いて、俺を見た。
「時」が止まったかと思ったぜ。
そう、一瞬だったがな。

この街に、戻ってきたんだな。
“TAXI DANCER”

お前の席に、近づこうと思ったが、やめにした。

ラスト・オーダーには、まだ、十分、時間もあったが、俺は、街に車を流しに出ていった。
また、お前と会えると思ってな。

ホッとしたよ。
昔のような、輝いていたお前を見たときには。

俺は、ドラッグストアの傍らで待っている。

この手紙を読もうと読むまいと。
傘を持ってな。

曇っていても、晴れていても。
お前のために傘を差すためにな。

赤い傘を。
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2006年04月18日

「珈琲&シガレット」



灰皿に眠る吸い殻を数えるのをやめた。
火を点しては消し、消しては点すとことの繰り返し。

のどの渇きは、珈琲では、いやされることがなかった。
むしろ、5杯目あたりから、胃に痛みを覚えはじめていた。

腕時計に視線を落とす。

いったい、何を聞き出したいのかい?
いったい、何が知りたいのかい?

無意味な言葉が宙を乱舞し、交わることの笑みが互いの間をすり抜けていく。

十分すぎるくらいに、時は経った。

愛想を振りまけば良かったのか。
シニカルな冷笑を浮かべれば良かったのか。

それとも?
君たちのシナリオにそって、期待通りのセリフを、そして、表情を、店内の喧噪にとけ込ませれば良かったのか。

ただ、あいにくなことに、俺は、シナリオに目を通すことも、目を向けることもなかった。

吸いかけの煙草を、灰皿に押しつぶすと、残紺の糸が渦を巻きながら、宙に消えていく。

理解と無理解の重ね合いが、螺状線を描きながら過去へと消えていくように。

十分、時は経った。
灰皿の吸い殻が、数え切れないくらいに。
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2006年04月17日

「倦怠の内に……」


昨日と今日という道具立てに、何の変化があるのだろうか。
あいも変わらず、時計は歩みを続けている。

16日の次は、1日を積み重ね、17日となる。
それだけなのに。

にもかかわらず、憂鬱な朝を迎えた。
昨日まで、記憶の外に追いやっていた、色々なことども。
それらが、茫洋とした意識の中に。

「車輪疾駆の叫喚」と題されたパズル絵。

かけた空白。
ピースが“記憶”を引き戻す。
歯車の回転は鈍いものの。
耳障りなスタッカートのリズムをともなって。

そして、「日常」が完成される。

再び、氾濫するむなしい情報の渦中に身を投じるのだろうか。

答えの分かりきっている問いかけ。
自身に発しながら。
手帳に刻まれた一条のレールの上を沿う。

束縛を断ち切り鎖を解き放ったはずの精神。
再び、虚偽に満ちた世界の中に、「痛み」を覚えていくのだろうか。

狂想曲に追い立てられるようにして。

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2006年04月16日

「レイン・バード」



この世は悲しい?
そう、そうかもしれませんね。

君の「瞳」に浮かんだ「涙」を、ぬぐい去ることができませんでした。

昼間、篠突いでいた“銀の糸”が、午後の名残りから闇が深まるにつれ、突き刺すような“銀の矢”へと変わっていきました。

君は、覚えていますか?
公園のベンチで、凍てつく雨に打たれながら、つぶやいたことを。

誰が雨を止めてくれるの。
誰が悲しみを和らげてくれるの。
誰が痛みを鎮めてくれるの。

木々の葉の間に身を隠した、蜘蛛の巣が心細そうに揺れていましたね。

苦しみよ、風に舞え。
哀しみよ、風に詩え。

「この世は悲しい?」

銀色の雨粒を滴り落としている楡の木。

しかし……。
しかし、美しいはずです。
もっと豊かで、もっと素晴らしく、そして、もっと自由で。

そう、信じています。
虚しさは希望へと、哀しみは喜びへと。

やがて、雨は、すべてを押し流していくことでしょう。

君の心に沈んだ哀しみや痛みが、塵芥とともに消えていくことを、祈っています。

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2006年04月15日

「五指に余る月回に、遠く過ぎた『今日』に」



色彩(いろ)を失った風景。
「時」は姿を変える。
そして、「人」も。
全てが「セピア」色に。

常に、時代は、我々の「存在」を消し去ってきた。
堕した世界の中で「産」みだされた我々を。
「子供達」の無言の叫びを。

五指に余る月回に、遠く過ぎた「今日」に。
「美しく」、そして、「忌まわしく」もある記憶を。
陽も差さぬ「神話」へと誘う。

「闇」の中で、ひっそりと「息」を殺し、誰ひとりとして抗うこともせず、レールを引く「幼心」。
語り継がれた「ノスタルジア」は、無数の“欺瞞の”渦に飲み込まれていく。
そして、遠く過ぎた「今日」は、「永遠」の火まわりにくべられ……消えていく。

闇の中に……、
闇の中に……、
闇の中に……。

眼の“チリ”を払いのけろ。
聴く者は、“耳”を傾けろ。

代価を支払う時がきた。
幻想を形づくり、「表象」を“糊塗”してきた者達が、対価を支払うべき時が。
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2006年04月14日

「シュガーコート」



その程度の認識か。

“エサ”を貰いすぎてしまうと、“物”が見えなくなってしまうんだな。

立派な分別が、邪魔をするのかい?
ためいきをつくだけかい?
「分別」は臆病に。
「許容量の深さ」は、諦めに。
“大人”になったな。

君への“メッセージ”だ。
「告げ口をして身を守れ」
“黄金律”
「裏切ろうとしている者には、ことさら親切に」

“改革”?
笑わせないでくれよ。
「おためごかしの服芸、茶番を演じ続けろ」
“富”と“名声”の出世レースに駆り立てられ、高速輪転機から印刷される“紙幣”に心奪われる君に贈る言葉だ。

「道標」だって?
止めてくれよ。
それこそ、思考の束縛、低姿勢の“ファシズム”だ。

「周到に準備された答え」
「欺まんの質ではなく、繰り返すこと」
それが君の、そして、君達のやり方だろ。

云わせてもらうぜ。
”厚顔無恥の一般概論”
各論は?

根が腐っているとどうなる?
そろそろ、“ツケ”がたまってきたんじゃないのかい?

なぁ、眠れるかい?
「現状維持」と「心地よいぬくもり」を、もっとも愛している君が、睡眠不足に陥っているんじゃないかと思ってね。

もう一度、聞くよ。

枕を高くして、眠れるかい?
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2006年04月13日

「バックレディ」


お願いだ、教えて欲しい。
バックレディ。

降りしきる雨の中で、傘も差さずに。
裏通りで唄うバックレディ。

一輪の花びらを帽子に飾り、着古したダークグレーのロングコートに身を包みながら。

Jesus' blood never failed me yet

と誰にもかえりみられることなく唄う、あんたのことだ。

 "It's one thing I know

胸がつまりそうになっちまうんだ。
あんたを見る度、心臓が高鳴り、涙を乾かすのに。

“それは私が知っている「一つ」のこと”

「奇異」な眼で見ていく奴が多い中で、唄い続けるあんた。
バックレディ。

never failed me yet

あんたの哀しみ、喜びを、教えてくれないか。

裏通りで、途方にくれちまった……俺のために。
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