2006年04月12日

「長崎の友人へ」



一人は、「エマオ」への道を歩み続けていた。
一人は、「テアトル」への階段を昇り続けていた。

そして?

一人は、右手に「愛」を、左手に「希望」を、言葉には「真実」を携えていた。
2000年前に生きていた、ある「男」のことを、今に、伝えるために。 

一人は、「スポットライト」の世界から身を引いていた。
螺旋状の階段の踊り場で立ち止まり、吹き抜ける「風」に身を凍らせながら。
果てしなく続く連鎖を、断ち切った。

一人は、「牧師」となった。
十字架から降ろされた「キリスト」の「愛」を。
灯火をかざすために。

一人は、「生活人」として、市井に生きている。
「非日常」と「日常」の空間を行き交うことも無く、 不毛の地に「ライラック」を咲かせるために。

ある時期に、ある場所で、交錯し、ともに同じ「時」を過ごした二人の友人。

過ぎた歳月は、三人の歩みを少しずつ変えさせていた。
だが、それは、ただ、それだけのことだった。

一人は、この暗い世に、「灯り」を。
一人は、人々の生活に、「彩り」を。

そして?
そして、俺は……。

言えることは、三人、それぞれの「生き方」が続いていく、ということだ。

「物語」は続いていく。

互いに、どこかで交錯しあいながら。
これまでと同じように、そして、これからも。

そう、これからも。


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2006年04月11日

「せめて、今夜だけは」


あの日、君は……。

君は望んでいないだろう。
けれども、今夜だけは。

自尊心も尊厳も奪われ、無防備なまでにたたずんでいた君。
心の中の何かが壊れかけていた。
それが痛むとき、君は、騒いでみせた。
明るく振る舞うことで、さまざまな感情を落とし戸の底に埋め込みながら。

確かに、誰も、他人の荷物の重さなんか分かるはずはない。
それだけに、君の痛々しさが。

涙の交じった笑い声。
胸の奥にくぐもる夢やあこがれ。
哀しみや痛み。
まるで、途方にくれた小さな雛のようだった。

あの日、君は、チップを換金すると、いとも簡単に、ゲームから降りた。
破れた夢の重さに耐えかねた、あの日。
深い孤独の影に身を投じた、あの日。 
しばられた過去に、永遠の別れをつげた、あの日。

独り、壁に向かって、「さよなら」と、
日々の生活という織物を引き裂いた。

あの日、俺は、全てにまいった。
受話器から聞こえてくる、君のささやき。

「世の中って、そんなにひどいところじゃないよね」
沈黙の世界に残された最後の言葉。

逝った者が心にのしかかるのは、目の前からいなくなったことではない。
言わなかったことがあるからだ。

「ひどいもんじゃないって?」
「世の中はひどいところだ」
「身も心もすり切れる夜を過ごしてきたさ。腰掛ける椅子さえ無くしたこともある」
「けれども、このクソったれの人生で学んだことは、いくらでも『道』は、あるってことだ」。

喪失感に襲われながら、確実に、小さくなっていくこの世界に。
俺は、歩き続けるだけだ。
これからも。

人は来て、そして去っていく。
そこに、何か、意味があったとしても。

だから、今夜だけは……。

夜が明けるまで、独り、麻痺した酔いに包まれながら、
頬につたわる「感情」の結露に浸っていたいんだ。

君が、望んではいないことは分かっているが。
せめて、今夜だけは。

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2006年04月10日

「フォーリスト」



もう“森”に帰ることはできない。

“プロローグ”
あの“夜”の夢のようには。

始まりは、チャイコフスキーの“セレナーデ”

〜パ・ド・ブレ〜

“小さな妖精”

“歌う”ように歩く君。

“薔薇”色に彩られた部屋。

“安堵”の笑みを浮かべながら眠る君。

ひととききらめいた“夢”

君は“春”を待ち、俺は“秋”を待っていた。

そして、季節は……夏の森の……匂い。


菩提樹
柏の木
栃の木
樅……?

“小さい頃の想い出”
はしばみ、とねりこ、すずかけ……。
『夏の朝霧の匂い……』

“霧”……夏の名残の滴り。
行く風を惜しみ、来るべき季節……。

……迎えるはずだった季節。

“エピローグ”

闇に沈む“森”

終わりは、ワーグナーの“ローエングリン”。

もう、あの“森”に、帰ることはできない。
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2006年04月09日

「ブルーベル」




過去の森。
さまよい続ける君。
“ブルーベル”

鳴り響く電話のベル。
か細い声。

飲みさしのワイングラス。
右手には、睡眠薬。
そして……傷跡。

虚ろな瞳。

「白、それとも、黒?」

涙の交じった笑み。

君が求めるもの、求めたもの。

かすかな、すれ違い。
不確かな将来。

99の“偽り”

1つの“真実”


奈落に続く“落とし戸”。
扉は開いたまま。
いつでも……君は。

伝わぬ言葉。
耳を閉ざす君。
そして……。

突き刺さる“棘”。
「痛み」
癒されぬ傷口。

月影もささぬ深い森の中で。
身を潜め、ひっそりと咲く「ブルーベル」。
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2006年04月08日

「閉じたままの物語」


甘くセンチメンタルな過去への郷愁。

それは……。
エリオットが、もっとも残酷な「月」だと称した「4月」の物語。

始まりは、パンフルートの奏でるメロディ。
不毛の地に“ライラック”の芽が開く。

駿雨の中を、飛び回る“花咲ける妖精”。
木々の葉に憩うその横顔は、甘やかで美しく。
そして……傷つきやすく。

“失われた時を求めて”

“ユリシーズの瞳”

一瞬にして花の季節を告げる。
冷たい風を、やわらかな陽射しへと。
“光の輪”の中で踊る。

やがて物語は……燃えいずる季節へ。
“羽”を終えた“妖精”。

エリオットが称した「月」に。
終わりの“鐘の音”も聞かずに。
季節の風に、その身を溶け込ませていった。

やがて……。
物語は、静かに、幕を降ろした。

全てが……そう、全てを、「幻想」と記された“小箱”へと。

今でも、紡がれた物語は……。

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2006年04月07日

「スノッブ」



「君は、苦悩を気取ったトラジディー、そのものだね」。

トレ・ビアン。

いいや、「トラジコメディー」さ。
しょせん、ポーズだ。
三文オペラにもなりはしない。

ここは、君たちの安寧の世界だ。
十分に、安住すればいいさ。

俺は、「破滅」の坂道を転げ落ちるように、「奈落」へと突き進むように。
それでいて、「救い」を求めてきた。

その姿は、まるで、いたずらに山頂まで石を運ぶシーシュポスだ。

積み上げては崩し、崩しては積み上げる。

「幸福」という名の存在に絶えかねると、それを、いとも簡単に壊す。
その繰り返しだ。

人生よ、俺は、お前が愛おしい。
だが、狂おしいまでに、お前を愛することはないだろう。

人は、どこまで遡ることができる?
人は、どこまで進むことができる?

これまでの歩数を数えることなんかできはしない。
未来の夢を奏でることなんか、できはしない。

いや、数えたくも、そして、奏でたくもないんだ。

どうして、埋めてきた落とし戸の扉を開け放たなければならないんだい?
どうして、腐食剤のようにかじりだされた命に目を向けなければならないんだい?

いいや、やめよう。

そう、ご指摘の通り、裏をかえせば、茶番を演じるスノッブさ。
屋根裏部屋のエセ・インテリ。エセ紳士だ。

君たち以上の、俗物さ。
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2006年04月06日

「ある娼婦のララバイ」



窓枠を通し、樹木の間から青白い光を放つ満月があらわれていた。

疲れていた。
全てに。

かたわらでは、女が、死んだように眠っていた。
横顔が、蒼光の月に照らされて。

女の寝息に耳を澄ませながら、俺は、煙草に火を点けた。
一息、宙に吐くと、月明かりに紫煙が立ち上る。

“出口”の見えぬ迷路の中で、彷徨っていた。
月回で数えるならば、25の時。

ベッドから身を起こし、月明かりの届かぬ先をみつめていた。

やがて、気配を感じた女は目を覚まし、左肩に身を寄せてきた。

女は、細長い指で、俺の口元から煙草を引き寄せ、一息吸った。

むせいだ女は、一瞬、笑みを浮かべると、月明かりに映る俺の顔を覗いた。

女の瞳に浮かんだのは、石のような冷たさを伴った俺の瞳だった。

女の表情が凍りつくように変わっていくのが分かった。

俺は、煙草を取り上げ、視線を外すと、再び、紫紺の糸を立ち上らせた。

女は、売っていた。身を。
住むところのなかった俺は、ころがりこんだ。

打算も、押し売りも、あの男女関係にありがちな、妙にいやらしい駆け引きもなかった。

視線を返し、俺は、笑みを浮かべた。

瞳に雫を浮かべ、じっと俺の影をみつめていた女は、安心したのか、身をベッドに沈めた。

「明日、晴れたらいいね」
哀しいくらいに、“欲”の無い女だった。

俺は、吸い殻入れに煙草を消し去ると、ベッドに身を横たえた。

「ホントに」
女の安堵のため息が、消え入るように影に吸い込まれていった。

いつしか、月の光は、まどろみへと変わっていた。

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2006年04月05日

「都会の憂鬱」


静まりかえった編集部内で、タバコに火をつける。
紫紺の糸が、流線を描きながら立ち上っていく。
都会の塵芥が、夜景に染まり、街灯りも徐々に闇の中に消えていく頃合いだ。

「憩い」の時を得る。
締め切りの後。

最後の記事を書き終え、制作部に記事を送稿すると、散乱したメモの間から灰皿を引き出し、冷めきった珈琲に口をつける。
その時ばかりは、全ての縄目から解きほぐされたように、わずかな「安息」の秒刻に浸ることができる。
あの「出口」のない迷路を歩き続ける「倦怠感」から唯一、解放される一瞬だ。

「疲労」と「幻滅」の世界をさまよい歩く。
神経を切り刻み、ドロのような汗が背中に染みついたような不快感をともなわせながら、
ネタ探しに奔走する。
自身をクエスチョンマークに仕立て肥溜めのようなこの世界の中で、せっせとメモをとり続ける。

誰かが言った。
「お前は、感情を持つことを避けるために仕事をしている」と。
「いや、苦痛を感じないようにしているだけさ」。

分かることがある。
仕事があらゆる人間関係に染みこみ、常に人を猜疑の眼で見、相手の動機を探り、その強みと弱みを見いだそうとする、瞳の奥に隠された冷たい眼を。
時に演技し、相手の心を読み、同時に、他人との間に越えがたい壁を築き上げる、その姿を。
絶えず、対象と距離を置き、諦観で人物や社会をシニカルな眼で見つめ、皮肉なユーモアを織り交ぜながら、優しさのかけらもない取り澄ました微笑みを浮かべるその表情を。

「ジャーナリスト」などと気取るつもりもない。
この肥溜めのような世界を「綺麗」にしようとも思ってもいない。

ただ、「迷路」をさまよいながら、メモを取っているだけだ。
そう、知ったかぶりのクソったれどもから、無用の「意見」を引き出して、それを「記事」にしているだけさ。

珈琲にバーボンを一滴垂らすと、口の中に、苦みが広がった……。

まるで、無駄な言葉に溢れた、この世界のように。

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2006年04月04日

「ニックに」


どうしたんだい?
疲れきっているのかい?

今は、ただ、休養が必要なんだよ。
そうだ、クラブソーダでも飲むかい?
一杯飲んだだけでも、気分は良くなるぜ。

糸の切れた操り人形の気分かい?

どんなものにでも、終わりはあるさ。
そして、終わりには、必ず、ほろ苦さがつきまとう。
ホッとした気分と同時に、半面、悲しさが……かすかに漂う。

永遠に続くものなんてありはしない。
始まりには、終わりが。
動きだしたものは、必ず止まる。
これが、スタイルだ。

そう、終わりが。
そして?
一つのことが、もう一つのことに連なっている。
そう、これもスタイルだ。

だから?
いつまでもグラスを眺めていないで。
明日のために、今日、最後の杯を交わそう。
そして、乾杯を。

ニックのために。
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2006年04月03日

「明け方の4時54分」



席を立つ“君”
棘のような“キッス”
“ノーバディ”

明け方の4時54分。
“ノーガハイド”のボックス席。
まとわりつく“ブルース”

くしゃくしゃになったパックから最後の一本。
冷め切った珈琲。
眠たげなウェイトレス。

“モノローグ”
「The End」
凍てついた心。

濡れた舗道。
消え去る面影。
“ソー・ロング”

ブルージーなバラード。
夜明けをつげる“オヴァチュア”
“ブルー・アベニュー”

降りしきる銀色の“糸”
全てを洗い流す。
過去も未来も。

聖なる夜が、卑俗なる夜に。
“ララバイ”

眠りから覚めた“ブルー・アベニュー”
“グッド・モーニング”
そして?
“グッド・ナイト”

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2006年04月02日

「John Done」


彼のあだ名。
“肥溜めジャック”
または?
“ゴミ箱ジャック”

“トリッキー・ウェル”

そこで経験したことを、あれこれ言えるぐらい、十分、長くそこにいた。

“虚構”を“事実”らしくみせる“世界”に。

彼の視点。
「シニカル」。

自分たちが「“世界”を支えている」と信じる、度し難く“尊大”な奴らの中を、うろつく“肥溜めジャック”。

彼の口癖
「クソッタレ」。

彼らの合い言葉。
「使えるべき主人は多い。旗幟を鮮明にするな」。
彼のアイロニカル。
「賢明だ。賢い心に乾杯!」。

彼らの手管。
「“慣例”のカードが2枚に、“玉虫色の答え”が3枚」。
賭率は?
“1:9”
彼の手札。
「“クィーン”と“ゴミ箱ジャック”」。

“欺まん”を“真実”だと信じる世界の住民に、うつろな“常套句”を“リライト”する“トリッキー・ウェル”。

“キャッチ”が狂喜し、“リード”が乱舞する世界。

彼の文句。
「11を逆から数え、忘れちまえ」

“肥溜め”の中で、“メモ”をとっていた“ジャック”。
“宝”を探して、“ゴミ箱”をあさる“ジャック”。

彫刻された「文体」、卓越した「会話」、洞察に富んだ「諦観」、皮肉な「ユーモア」。
そして?
“ペーソス”

“トリッキー・ウェル”

今では?
「John Done」
それが、 彼の名。

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2006年04月01日

「Miss You night」



スツールから立ち上がった君は、言い放った。
「あなたは、いつでも、手を引けるように」。
ざわついていた辺りの“風景”が、一瞬、凍りつく。

店内には、独り、“マーヴィン・ゲイ”の『What's going on』が「愛」を唄う。
『愛する方法を考えよう』と。
午前3時。

“ブルー”。
突き刺す“瞳”。
「あなたはもう、わたしを切り捨てたくて。でも、自分の言ってしまったことに縛れていて」。
2つの“鼓動”。
スツールの距離だけ離れ始めた“心”。

愛を歌い、崇高さを求めながら、愛に傷ついた“マーヴィン・ゲイ”。
傷つけたのは?
閉ざした心。

心に幾重にも積み重なった“響き”。
「あなたは、自分に向けられることには繊細だけど、他人には無神経」
吐き出された“反響音”。

“風景”の中から、浮かび上がる“視線”、“視線”、“視線”。
一つ、ひとつを消していく。

「誰かがわたしを、あなたの人生から連れ出してしまえばいい、と思っているんでしょう?」。
失せた“マーヴィン”のスピリッツ。
『話せば、分かるはずさ』
空回りする“言葉”、“言葉”、“言葉”。

“言葉”?

打ち震える心。
「違うなら、信じさせて」
瞳は、陰影をおびた“ブルー”

“マーヴィン”のリフレイン。
やがて、残夜に溶け込むように、消えていく。
“トリビュート”

「4月1日」

“Miss You night”

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2006年03月31日

「寝腐れた国へ」


反論するつもりは、ない。
「正論」だ。
「大切なこと」なんだろう。

確かに?
俺は、その「正論」を「世論」に置き換える。
そう、食うために、な。
だが、正直、どうでも良い話だ。
俺にとってはな。

しかし、考えても見ろよ。
声高に叫ぶことのものか?

「言葉」の衣の下に「権威」が見え隠れしているお前の言葉。
「着飾った言葉」「与えられた言葉」「押しつけられた言葉」。
そう、言葉、言葉、言葉……。

彼らは、その言葉に「NO」と反応したまでさ。
「表」を飾ることだけに心を配る、その言葉に。

なぁ、一度たりとも、心のドアをノックしたことがあるかい?
ドアの隙間から、お前をみつめる瞳の奥をのぞいたことがあるかい?

その瞳は、お前に、何を語りかけていた?

分からない?
目のチリを拭って見ろよ。
どうせ、何も見えはしないだろうが。

せいぜい、「正論」とやらを吐き続けろよ。

俺の思いは、「我が亡き後に、洪水よ来たれ」だ。

根腐れた国の行方なんかに、興味はない。

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2006年03月29日

ジャック・ブルースの独り言


嫌でも思い出すさ。
忘れようたって、忘れられねぇ。
今でもな。

街を歩く俺にとっちゃ、風は冷たすぎるほどだ。
コートのエリを立て、風の道を避けては通るが、身体は冷え込むばかり。
おかげで、セキがとまらねぇ。
春だってのに。

街路灯に映える夜桜は、俺の心を温めるどころか、思い出したくもねぇ、記憶がよみがえる。
ああ、いつの頃か、忘れられないほどの、様々なことどもが列をなして。
影のように忍び寄ってくるぜ。

タバコに暖をとっても、温みもしねぇ。
一息吸うごとに、胸が苦しくなるばかりだ。

おう吐にかられ、公園の柵にうずくまっていると、手前の影が目の前にちらほらと。
「止めてくれよ。お前には、関係がねぇ」。
胃の中には、吐き出すものもありゃしねぇ。

でもよぉ、そのまま、柵にもたれ、夜空を眺めていると、何もかもが止まっちまったようにうつるぜ。
ああ、時の鐘も。
不思議なもんだ。

目の前には、虚栄の街が重なっているぜ。
様式化されたシアトリカルな構造。
暖を欲しければ、すぐぞばに。
金さえ払えば、何でも手に入る。

俺の街は、こんな街だったのかい?

ため息をつくには、十分すぎるほどだ。

瞬く星々に、街灯りに薄く光り射す月明かり。
柵にもたれながら、何の考えもなく、ボォーッと夜空を眺めていたさ。

ああ、意味がねぇことだ。
この世に、意味があるとすればの話だが。

タバコを吸い込むと、またぞろ、セキが出やがる。
力のないカラ咳が、俺の傍らを過ぎていくぜ。

独り、闇の中にうずまったまま、俺は、ぼんやりと、この無意味な世界に身を腰かける。
腰掛ける椅子があるならばの話だが。
吐き出す煙は、宙に消えていくものさ。

あと、どのくらいだ?
教えてくれ。

俺は、たどり着くことができるだろうか。
あのベンチまで。

今でも。
忘れようたって、忘れられねぇよ。
ああ、嫌でもな。

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2006年03月21日

「ネギー」


歩幅は違うものさ。
だけど、君が立ち止まったら、追いつくだろう。
俺が、早足だったら、歩みを遅くするよ。

この凍てついた街で。

この街では、誰もが急ぎ足だ。
喪失した時間を追い求めて。
自分自身を必死で納得させるために。

口を閉じて、聞き耳を立てていれば、色々な事を学ぶ。
眼をあけていれば、時に、嫌なモノを見てしまうこともある。
“ショック”を受けたら、“クッション”を置けばいい。

視点は違うものさ。
だけど、君が、岩に足をかければ同じ高見だ。
俺が、身を屈んだっていい。

この深い森の中で。

闇に姿を見失ったら、マッチの炎で照らそう。
炎で、君のくわえた煙草に火を点けよう。
少なくとも、これで、足下は見えるだろう。

耳を澄ましていれば、沢の音が聞こえる。
迷ったら、尾根を目指せ。
決して、闇路を降りるな。

呼びかける声のトーンは違うものさ。
俺の低くくぐもった声が聞き取りにくければ、サインを送ろう。
君のささやきが伝わらなくとも、気配で感じる。

このコヨーテが鳴く平原の中で。

大地に吹きつける冷たいに風には、背を向けろ。
俺は、火を絶やさないように、暖に薪を。
君は、水を絶やさないように、恵みの雨を。

隔てた有刺鉄線に躰を巻かれるな。
君が、境界線を越えるときには、手を伸ばそう。
俺が、国境を越えるときには、手を離さないでくれ。

叩きつけられるコンクリート。
落下する渓谷。
身を横たえる砂漠。

青白い月の影が消えるまで。
サン・アントンのネギー。
スパニッシュ・ローゼズへ。

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2006年03月20日

「風のうつろなうなり」


暗がりの中で窓辺に座り、風のうつろなうなりに思いを重ねていると、忘却の淵に沈んでいた記憶が、突然、「闇」という布の上にインクのシミのように広がりはじめた。

あれは、いつの頃だろうか。はるか、昔のことなのか。
それとも、時の数え方によっては、それほど昔のことででもないのかもしれない。
いずれにしろ、「記憶」という落とし戸の下の奈落が開け放たれ、奥底に沈め込んでいたはずの「過去」という断片の「ひとかけら」が、まざまざと眼の前に浮かび上がってきた。

静まりかえった部屋の中で、独りベットに横たわり、月明かりに浮かぶ木々の葉の影におびえていたあの頃が。
あのとき、あの場所で、過ごした、あの頃が。

廊下の壁にできた影の中で、その影に身を寄せながら。
無慈悲に過ぎていく季節の中で、風に涙を、風に笑い声を見続けていた。

以来、無量の歳月を重ねてきた。
意識の水面下に「過去」を強引に沈め。
瑠璃色をした水底に真昼の月が潜むように。

奥深いところに隠れ、眠っていたような感情が、堰をきったようにあふれでてくるとき。
感情という波に引きずり込まれながら……。
満ちては引いていく潮のように繰り返される葛藤に溺れながら……。
押し流されまいと、必死に過ごす。

いつしか、言の葉を摘んでいた。

悲嘆の差し潮が水を浸したまま、昼が夜に慈悲を請うように、闇の中に視界を濡らす。
風が哀しい音をたて窓を叩いたとしても、閉ざされた常闇の中で
……炎に揺らめく「影」だげが、暗影の胸をふたぐ。

多情に飢えた月回は、何を刻んだのだろうか……。

いつしか……風が、吠えはじめてきた。

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2006年03月19日

「夜想」


心が疲れているわけではありません。
少しだけ、躰が疲れているようです。

籐椅子に身を沈めていると、『タイスの瞑想曲』の調べが心地よく、このまま時間が止まればと。

こんな晩には、何をするでもなく、じっとランプの灯火をみつめています。
灯火は、時折り流れ込む冷気に、ものどもの影を揺らしています。
揺らめく影は、我が身のように細く、頼りのないものです。
そんな頼り気の無い影を眺めていると、遠い昔の思い出が、浮かんでは消えていきます。

あれはいつの頃でしょうか。
独り、闇に抱かれ、時を刻む音に耳を澄ましていたのは。
真っ青な月明かりに浮かぶ木々の葉の影に、おびえていた小さき心。
白いシーツの冷たさに心震わせ、いつまでも帰り来ぬ人を待ち続けていた幼子。
遠く近くの闇夜に、身を固くしていたあの頃。

今ではもう、記憶の波間に溶け込み、おぼろげに浮かぶ遠い遠い心覚え。

あれから、いくつの季節を経てきたのでしょうか。
過ぎた歳月は、私に、何を示してきたのでしょうか。
季節は、あとどれだけ残されているのでしょうか。

揺らぐ影に、問いを発しても、無言(しじま)が続くばかりです。

風が窓枠を過ぎていきました。
ガラス窓の先には、芽吹く桜の老木が、夜半(よわ)に、独り、佇んでいます。
そして、天空の星々が、眠りにつこうとしています。

いつしか、時は、その身を深め、残夜を迎えようとしています。
ランプの灯火も、“マスネ”の優美な旋律に溶け込むように、灯りを点すようになりました。

やがて、時は、静寂(しじま)に終わりを告げ、薄明の始まりを告げるのでしょう。

もう少し、消えゆく灯火に心を預けながら、時のうつろいに身を委ねています。
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2005年10月09日

ジュ・ジュ


トリッキー・ウェル。
通称、ジャック。
「それで……」と奴は語りかけてきた。

レイニー・ストリート。
気取った名の裏通り。

誰がそう名付けたかは、知らない。
その一画に“ジュジュ”の店がある。
そう、「マダム・ジュジュ」の。

ツタが絡む漆黒の扉。
薄明のランプシェイド。
カウンターの端には黒電話。
壁には、セピア色したニュースペーパーの記事。
日付は遠い昔。

“ジュ・ジュ”の館。

誰もが、そう呼んでいる。
しかし、誰もが本当のところは、分からない。
「マダム」はきまって、いつもいない。
けれども、いつのまにか姿をあらわす。

ジャック・ブレルの哀しい唄声。
見知った奴はいない。
見知らぬ奴もいない。
ただ、一人を除いては……。

ノスタルジアを語る、自称・吟遊詩人。
「12」の偽名を使い、「13」のニュースペーパーにコラムを飾る、エセ・詩人。
トリッキー・ウェル。

「ようこそ、我が麗しの小公子様」

視線を交わし、タバコに火を点す。
眼の前には、珈琲。
そして、マダムからのメッセージ。
アスピリンが「3錠」。

ジャックの惹句。
「いつのまにか、おやつれになられて」
今では、酔いどれ詩人。

「十分眺めたかい? だったらもう飽きただろ」

「ようやく、口をお開きになったね。会話の世界にようこそ」
グラス片手のあいさつ。
「叩きつけたのかい?」

紫紺の糸が、宙に円を。
「非難の言葉か?」
「『質問』に対して『質問』かい? 忠誠心を聞いたまでさ」

黒電話のベルが鳴り響く。
マダムはいない。

「そんなものはとっくの昔に葬り去ったさ」

「それで……」
琥珀色の液体の底にランプが映し出されていた。
「良かったのかい?」

壁に掛けられた写真。
“ジュ・ジュ”
麗しの。

「さぁな」
「告解の必要は?」
「司祭に用はない」
「じゃ、フロイドは?」
「まにあっている」
黒い液体で、アスピリンを喉に押し込む。

「また、線路に沿って歩くのかい?」

静寂が一瞬、「時」を止めた。

「……さぁな」

甘い香りを残した影が過ぎていく。

「“渇き”を潤しに歩き出すだけさ」

目の前には、2杯目の珈琲。
「そう、枯渇した“泉”に、水を注ぎにな」

窓枠に飾られたイルミネーション。
いつしか、明りが灯っていた。

レイニー・ストリートの暗く狭い夜道から、「星」へと一本の流線が伸びていくように。

止まり木から立ち上がり、戸口に向かう。
背後には、“ジュ・ジュ”の優しい「調べ」が語りかけてくる。

振り返ると、酔いどれ詩人はもういない。

“ジュ・ジュ”
「『物語』のはじまりさ」。
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2005年09月03日

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成熟と落ちつきという微笑みを浮かべた仮面。
キングが3枚に、クイーンが2枚。
フラッシュ・フェイス。

ボニーは語る。
手札のすばらしさを。
自分を価値ある者だと思う奴の、高邁なご高説。

時刻を打つ音を数えはしない。
だから、俺は、時計を見やった。

ジーンは、相変わらずしゃべり続けていた。
俺たちの目の前には、すばらしい道が広がっていると。
ブラ・ボー。
夢と現実のかい離を見つめてきたボニー・ジーン。
フル・ハウス。
夢想するリアリスト。

E−1を構え、俺は連写する。
耳障りなスタッカートのリズム。
ボニーの戯言。
シャッター音がかき消す。

奴の笑顔。
ファインダー越しに広がる、つくり笑い。
薄笑いの表情は、一日中、奴の頬に張りついているのだろうか。

疲労とけだいが支配する。
微熱が、地の底へと誘う。
呼吸が浅くなる。
胸突く痛み。
肩にくい込むストラップ。

もう終わりだ。
あんたは、十分、チップを積んだ。
そう、沈黙を忘れて。
だから、俺は降りる。

たとえこの世界が、あんたの説く希望に満ちたものだとしても。
常闇の中で、紫紺の糸をたぐりながら俺は息を継ぐ。

メモを閉じた。
ジーンにサヨナラを告げればよかったのだろうか。
レコーダーの記録を消去した。
けれどもボニーは、それを望みも、気にもしないだろう。

小さく鼻を鳴らすジーン。
ボニーの怜悧な視線に、俺は唇を動かさずに毒づいた。
「優しい心遣い、痛み入ります」
世事に長けた仮面を、俺はもう、とうに捨て去った。

ダッシュボックスには?
ストレートの手札。
posted by Jhon Done at 00:32| Comment(0) | TrackBack(0) | それだけのことさ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年08月05日

ただ、それだけのことさ。


目を閉じる。
何もありはしない。
ただ、胸が痛むだけさ。

グレツキーは、言った。
「電話ではどうだい?」と。
拡散した議論に、俺は照準を定めることが出来ずにいた。
何が問題なんだい?
ギアをバックに入れた。

「オルタナティブ」
サッゾはそう語りかけてきた。
けれど、回線から聞こえてくるヤツの声は、くぐもっていた。
いらだちに、俺は受話器を架台にたたきつけた。
くそったれ、と。

残照にシャッフルするワイパー。
「だからどうした?」
求めたものは、路上、だった。
空回りの時間。

ペン一本で、夏雷も、さわやかな青空へと変わる、この世界。
「喜んでくれたかい?」
虚構に虚飾を重ねれば、それも一つの真実。
「真実」というものがあれば、の話だが。

多くのものを求めるジョニー・B。
「もう、十分だよ」。
ところで、売れるとでも思っているのかい?
誰かが、路肩で手を振っているぜ。

週末には、階段を上る。
どこかでドアが開く音がした。
「また、あんたかい?」
踊り場にたたずむタキシー・ダンサー。
今日のために、「コーヒーを一杯」。

車を駆って、ミッシェル・グリーンへ。
昨日と明日に、何本めかのタバコに火をつける。
影と疑いを探しに。
8つの月回り。

9つの燈火に。
胸を押さえる。
7つの月明かりに。

ジャックは、つぶやいた。
「それだけのことさ、ただ」。





posted by Jhon Done at 00:37| Comment(0) | TrackBack(0) | それだけのことさ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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